【エッセイ】声の先に

「まただ。」

僕はかつてないほどに、何かを伝えたいということがこんなにも歯痒くなるものかと、思っていた。

一昨晩、パートナーから電話があり、別れることとなった。

4年半付き合ってきて、様々なところに出かけたし、つい3ヶ月前までは、一緒に住んでいた。

同棲解消の話が上がったのは、今年になってからで、彼女の転職を機に、「お互いに仕事に集中しよう」というものだった。

多分、同棲解消したタイミングで、僕はどこかでこの時が来ることを覚悟しながらも、そんな事実を受け入れることができていなかったのだ。

それほどまでに好いていたといえば聞こえはいいかもしれないけれど、要は自分本意だったのだ。

僕が結婚を意識するあまり、彼女にプレッシャーをかけてしまっていたのだった。

それがどれだけ窮屈な思いをさせてしまっていたのかは、同棲解消後の彼女の生活を見れば一目瞭然だった。

「ひとりの方がキラキラしてるな」

そんな彼女の姿に、喜ぶのでなく、どこか嫉妬に近い感情を抱いてしまった。

彼女とは、よく話した。

その時間が、僕は何よりも楽しかったし、大好きだった。

電話する時も、家にいる時も、ドライブする時も、本当によく話した。

ただ、四六時中べったりというわけにはいかないから、僕はひとりでいる時にも、「これを話したら、喜んでくれるぞ」という具合に、何かしらのネタを、自然に集めるようになっていた。

するといつの間にか、彼女も同じように日常や仕事のことを話してくれるようになっていった。

くだらない話もたくさんした。

そうやって笑い合っていた。

それがたまらなく幸せだった。

同棲解消後はひとり暮らしをしながらも、電話をして話していたけれど、ここ1ヶ月ほどは、すれ違いも多かった。

だから、話したいネタがたくさんあった。

しかし、それらを話すことはもう無くなった。

そしてこれからも、彼女と話すことは、恐らくないだろう。

もう会わないのだから、当然のことだ。

彼女との時間を、忘れることなど到底できないだろう。

それは前向きになれないということではなくて、それほどまでに忘れるということが困難なのだ。

困難なことは、時間という薬に任せるしかないけれど、習慣というのは少し厄介だと思った。

長い間話のネタを探す習慣がついていたから、もう話すこともないと知っているのに、無意識に探してしまうのだ。

伝えたい、話たい、声が聞きたい。

そう思っても、もう終わっているのだ。

多分、しばらくはこの癖に悩まされそうだが、仕方がない。

今は、こんな気持ちと向き合いたい。