【エッセイ】いつもの天井が辛いなら

雨が降る。

まだまだ辛く苦しい日々は続いているが、不思議と雨の日は落ち着く。

あまり良い考えではないのだろうけど、今は「外に人が出ていないだろう」という状態の方が、どこか落ち着く。

きっと自分が活動的でないからだ。

自分以外の人も活動的になれない事を、どこか喜んでしまっている。

病んでいるとしか言いようがない。

でも、少し思い出した事がある。

心的に辛くとも、うちに籠っているのが、さらに悪いのだとすれば、外に出た方が良いという事だった。

主治医の言葉だったから、信頼性もある。

外に出たところで、気持ちがどれだけ晴れるかは不明だし、そもそも外に出ると言っても、近くを散歩する事から、旅行する事まで様々だ。

過去に体調を崩した時には、治療の終盤では車で近郊まで出かけることもあった。

近くを散歩することは、最近でもやっていたことで、確かに気分も良い。

それだけ籠って鬱々と考えていることが、体にも心にも悪いという事を表している。

ただ寝ているのも、寝覚めが非常に悪く、心が一番にしんどい。

だから、目覚めた瞬間にひとりの部屋の天井よりも、別の天井である方が心に優しい。

しかし、まだまだコロナ騒ぎで誰かと外出というのも、憚られる。

そこで、思いついたのが、気ままに車中泊旅でもしてみようかというものだった。

車中泊旅なら、おひとり様だし、それほど迷惑もかけないだろう。

どの道、気分が晴れないかもしれない可能性が高いのだから、既に勝手を知っている過去の街にでも行こうと思っている。

いきなり車中泊をするのだから、たいした道具もない。

一応、車では寝られるぐらいの道具はあるから、寝られないこともないだろう。

部屋でひとり、鬱々としているよりは、マシだ。

時間だけはあるから、ゆっくりと予定も決めずに、その時その時でやりたい事を決めて、やってみようと思う。

ちょっとワクワクしてきた。

個人で活動してきた時も、ノマド的な働き方は結局コロナでしたことがなかったので、今回が初挑戦である。

気ままに何日か滞在して、個人の仕事だけをしながら、何も決めずにのんびりと車中泊生活を送ってみる。

そうやっているうちに、気分が晴れて、心が削れなくなれば良い。

どんな方法でも良い。

そう自分に言い聞かせて、僕はハンドルを手にする。