【コラム】リタイアまでの道のりで見つけたいもの

こんにちは!

なつのです!

今日は久々にリタイア生活について書きたコラムです。

長い年月を要してリタイア生活を勝ち取った先に後悔しないためには、リタイア後も続けられる何かが必要です。

書く仕事とリタイア生活

日々パソコンに向かっている。

「向かっている」と書くとどこか嫌々な雰囲気を思い浮かべるかもしれないけれど、そうではない。

書きたいことを書く瞬間は実に楽しいものだ。

気がついている人も多いかもしれないが、僕はこの場だけで文章を書いているわけではなくむしろ別の文筆業とする仕事の方が多い。

これら全てが、今までずっと楽しいと感じているとは到底言い切れないけれど、書く仕事を継続してきたことで自分の好きなように書くことは結構面白いことだと思えるようになったのだ。

どんな趣味でも毎日やっているものはないから、パソコンに向かい文章を書く習慣はある意味では楽しみになるのも不思議ではない。

つまり、どれだけ好きなゲームでも毎日はやらないのに物書きだけは毎日続けているということである。

最初は副業がきっかけだったし、先ほども言ったように今でも仕事で書くことの方がよっぽど時間的にも長い。

しかし、毎日続けることを可能にしているのはやはり楽しさがあるからなのだ。

書きたいことがあって、ただそれを文章にしていく。

きっと効率だけを求めて副業していた時では今の状況は全く想像もつかなかったのだろうと思う。

毎日自分の考えや思ったことを書いていくことを仕事と呼ぶことはできないのかもしれないけれど、かと言って趣味とも言い難い何とも微妙な位置付けの楽しみなのである。

だからこそちょうど良く毎日続けられる楽しみになっているのかもしれない。

少しだけ話は変わるが、僕は「40歳までにセミリタイアを選択できるようにする」ことをひとつの目標にしている。

40歳にはどうなっているか予想もつかないけれど、今のように複業体制で働いているかもしれないし、本格的にリタイアの準備を進めているかもしれない。

会社員をのびのび続けられているようならそれはそれで良いのだが、リタイアを選択する場合にはこの物書きが重要な要素になると感じている。

僕は過去に少しだけリタイア生活を体験してみたことがある。

資産などなかったけれど個人で多少なりには稼げるようになっていたので、会社員から個人に転向するときに休暇としてリタイア生活を体験してみたのである。

そこで感じたことは、暇は地獄だということだった。

余暇があることは今でも大切だと思うし、僕自身余暇を過ごすのは好きである。

しかし、リタイア生活ののんびりさを謳歌できるのはせいぜい1ヶ月ほどではないかと考えている。

何か打ち込める趣味とか、ずっとやってみたかったことがある人でないと結局は暇に悩まされるようになる。

リタイアするとはそういう状況を招くのである。

最近になってセミリタイアというひとつのジャンルができるぐらいに盛況になってはいるが、リタイアした先の生活を考える人は実はそれほど多くないのではないかと思う。

暇を求めてリタイアしても、暇であることに悩まされるとは体験しないとなかなか気がつくことができないのである。

それにも関わらずなぜ僕はセミリタイアを選択できるようにしたいと考えるかと言えば、この物書きの習慣があるということは大きなポイントである。

つまりリタイア後もやれることが既に存在しているということだ。

仕事にも趣味にもなっている物書きはパソコンがあればどこでもいつでも安価でできるからリタイアした後でも続けやすい。

ライフログのような側面もあり、長く続けていくことで僕の財産にもなってくれる。

こんなにも多様で広範囲な楽しみは僕の中に他にない。

物書きの楽しみは今後結婚しようが、リタイアしようが変わらずに続けてしまうだろう。

生涯の楽しみとはそういうものなのだと思うのだ。

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