
こんにちは!
なつのです!
本日は思い出や記憶に関するコラムです!
思い出になるのはにおいか声か
声だけが思い出になることが本当にあるのかと思っていた。
僕がずっと好きな漫画の中に「記憶に残るのはにおいか声か」みたいな話が出てくるのだが、妙に僕の頭に残るものだった。
たぶん僕がこれを記憶しているのは、この漫画を初めて読んだのが多感な時期だったという理由だが、その頃から思い出になっていく今のという時間を気にしていたのだろう。
そこから十数年が経過しているが、思い出の存在はいまだに自分への影響が大きい。
思い出はにおいだけでも声だけでもなく、見たもの触った感触も全てが残る。
これが経験から得た思い出の感覚である。
五感をフルに使っているからこそ、ふとした瞬間に思い出してしまうこともあるぐらいだ。
ただ、もし「においか声か」という2択の問いになれば、僕は声だと思ってしまう。
この理由はシンプルだが、誰かの声に触れる機会が非常に多いからだ。
誰かと話すことこともそうだが、例えば昔から聞いているラジオのパーソナリティーの何気ない話を覚えていることがある。
ラジオは声だけのメディアであるにもかかわらず、記憶への定着が著しいと感じる。
もちろんこれは僕の一意見であるけれど、ラジオを好きで日常的に聴いている人は同意される方もいるのではないか。
最初は情報として得たものが、いつの間にか思い出として記憶されているのだ。
においは無く、声ばかりなのだ。
思い出になる何かをできない日々も続くけれど、こんな時だからこそ音声でもなんでも思い出になることを知ってみてはいかがだろうか。
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