
こんにちは!
なつのです!
本日は他人の価値観に合わせるとどうなるかというコラムです!
見栄と他人の価値観
もう田舎ぐらしも慣れたものである。
今年になって、昨年まで住んでいた所から、明らかに都落ちのような形で田舎に住むようになった。
都落ちとは言っても、昨年と比較すると都心には近くなって電車で1時間もすれば東京に出られる場所で、地方都市ではなくなったというだけである。
元々、東北の片田舎で育ち、大学も雪の多い東北の地で過ごした僕としては、昨年までに住んでいた所が十分過ぎるぐらいだった。
今は地方都市で無くなったので、なんとも穏やかな土地に住んでいて、便利さは失ったけれど、生きていけないほどではない。
町に一つしかないドラックストアは歩いて5分ほどの所にあるし、もう少し歩けばコンビニもある。
徒歩圏内に、生活必需品を買える場所があるのだ。
流石に、ドラックストアとコンビニだけでは生活しようとは思わないので、週に1回だけは車を出してスーパーに買い出しに行くが、それで十分である。
ショッピングモールなどは近くにないけれど、そもそも用事があることの方が少ない。
Amazonや楽天でなんでも変える時代だから、本当に買い物に出掛けなくなったなぁと思う。
歯医者さんは近くにあるし、大きな病院でなければ近くにある。
これで家賃が3万円弱とは、最高である。
職場に近いという理由だけで選んで住み始めたところだったけれど、案外悪くないものだった。
というよりも、僕はどこに住んでも結構満足できるタイプなのだと、改めて思った。
住めば都タイプである。
もちろん、パートナーができたり、家族ができるということになれば、住む場所を変える必要があるし、その時には自分の考え以外にパートナーの考えとかも考慮するようになるので、どこでも良いとはならない可能性の方が高いだろう。
それでも、自分のこだわりは少ない方が、住めば都になりやすいと思っている。
こだわりが多くなってしまうと、最悪の場合は何も決まらずに終わるという選択しかできないのだ。
だから、個人で住む場所を決める時に、住める環境のレベルを上げ過ぎない方が良いと考えている。
テレビやYouTubeに影響されるように、ひとりで広く快適な部屋に住む人などもいるが、話を聞いてみるとお金に余裕がないという人も少なくない。
彼らはもっと家賃を抑えられることを知らないのではなく、生活レベルを落とすのが嫌だと考えているのだ。
僕の考えだが、住む部屋の広さで生活レベルが決まるわけではないし、余計に広い部屋に住めば家賃が掛かるだけでなく、空間を埋めようと必死でものを買い集めてしまうので、お金に余裕がなくなるのは当然のことだ。
そのぐらい、生活レベルを落とすというのは困難なことなのだ。
だから一番の対策は、生活レベルを上げないことである。
これはずっと貧相な生活を求めろというのではなく、自分の満足するラインをしっかりと見定めた方が良いということだ。
あれも欲しい、これも欲しいとなっている人は、たぶん周りからの影響を受け過ぎて、見栄を張りたくなっているだけだ。
自粛ムードで自分の身の回りを見返す良い機会かもしれないから、自分の部屋がどれだけものに溢れているか見てみるのも良いかもしれない。
過ぎたるものに飲み込まれぬように。
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