
こんにちは!
なつのです!
今日は苦労する価値について考えを書きます。
苦労は買ってでもすべきなのか?
何のために苦労するのでしょうか。
「苦労は買ってでもしろ」とはよく言いますが、実際はできれば失敗なんてしたくないし、恥もかきたくないし、大変なことなどせずとものうのうと生きたいと思う人は多いでしょう。
楽ならそれに越したことはないという考えです。
これが全く悪いとは思いません。
実際そうやってのうのうと過ごすだけでも、裕福に暮らせた人も少なくないでしょうし、案外誰しもが憧れるような裕福さを持つのは元々お金を持っていた人達だったりするのです。
まぁそれでも、そのような裕福さだけではドラマにはなりませんが。
一方でドラマになる様な人というのは、平凡だったり人より劣っていたりするのが成長し、何かを成し遂げるというような展開を経験する人です。
ドラマは人を惹きつけます。
ドラマチックでなくとも人を惹きつけるような人は、たとえ金銭的な裕福さはなかったとしても、人から信頼され、当人もきっと素敵な日々を過ごすのだと思います。
つまり、人を魅了する何かって、相当なカリスマ性でもない限りは泥臭いんだけど人間臭いみたいなことなのではと思うのです。
そしてそんな泥臭さとか人間臭さには苦労がセットになってついて来るのです。
人から興味を持たれるって、極端に言えば「私も同じ部分がある」と思われるかどうかです。
苦労はそんな「同じ部分」になりやすい一番身近なものなんです。
愚痴を言い合える人と仲良くなれるのはここに理由があると思っています。
苦労を買ってまでしなくても良いけど、苦労することを嫌わなくても良いんじゃないかなと思れば、人生少しはドラマチックになるんじゃないでしょうか。
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